東京工業大学 生命理工学院 刑部研究室
Tokyo Institute of Technology, School of Life Science and Technology, Osakabe Lab.

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研究室の紹介

 私たちの研究室では、様々な生物機能改変に関わるゲノム編集の基盤技術開発と、植物の環境ストレス耐性機構の解明研究を進めており、特に環境変動に対応した植物の分子育種研究を推進しています。

国産ゲノム編集技術の開発

 ゲノム編集とは、任意の標的配列を特異的に切断する人工ヌクレアーゼを用いることにより、微生物から高等真核生物までの幅広い範囲の生物ゲノム・RNAに対して、標的配列特異的に変異を導入することで遺伝子の機能を改変する技術です。近年、ゲノム編集の応用研究が大きく進歩し、難病の克服を目指した遺伝子・細胞治療などの医療・創薬分野や、生物資源を活用する様々な産業、農畜産業での新しい有用品種開発など、様々な分野で広く活用されようとしています。

 微生物の獲得免疫機構の一つであるCRISPR-Cas9システムは標的DNA切断に機能するCas9と、標的DNA配列の認識に機能する20塩基のRNA分子(標的DNAと相補的なRNA)により構成され、その簡便さと効率の良さからゲノム編集に広く利用されています。一方で、意図しない配列への変異を導入してしまうオフターゲット効果を生じる可能性や、標的配列の選択制の制限など今なお課題が残っています。そして、これらゲノム編集技術のほとんどが欧米で開発された技術のため、日本国内での産業や医療現場での活用を進める際に知的財産権の問題が生じる可能性があり、新しい国産ゲノム編集技術の開発が望まれていました。
TiDそこで私たちは自然界に存在する多様なCRISPR-Casシステムの中から、機能未知だったシアノバクテリアMicrocystis aeruginosa(ミクロシスティス・エルギノーサ)のCRISPR-CasタイプI-Dに注目し、標的の認識やDNA切断活性を明らかにすることで新しいゲノム編集ツールとして利用できることを見いだしました。このシステムを”TiD”と名付け、植物細胞や動物細胞での変異様式の解明と変異導入の効率化を目指した研究を進めています。

 このTiDシステムを用いた応用例を紹介します。ヒト細胞でのゲノム編集に向けてTiDを構成するCas遺伝子の発現について最適化を進め、ヒトHEK293T細胞においてゲノム編集に成功しました。解析の結果、TiDはCRISPR-Cas9と同様に数塩基程度の挿入/欠失変異を誘導するのに加え、最長18 kbにも及ぶ長鎖欠失も誘導できることが示されました。TiDの応用例1(A) 短い数塩基の欠失変異の検出例
(B) 長鎖欠失変異のDNA配列解析の一例。検出された欠失の両端ではマイクロホモロジーが高頻度で検出された
(C) (B)での長鎖欠失変異における遺伝子構造変化の模式図。TiDによりエクソン3を含む13 kbのDNA領域が欠失した
(D) 検出された長鎖欠失変異の分布。標的配列を挟んで両方向に2.5 kbから18 kbまでの欠失が検出された

TiDの応用例 次に植物でのTiD応用例を紹介します。トマトの単為結実(受粉を必要とせずに果実をつけること)に重要な役割を持つSlIAA9遺伝子に着目し、トマトの品種 'Micro-Tom' に対してSlIAA9遺伝子を標的とするTiDシステムを導入しました。TiDシステムによるゲノム編集によってSlIAA9遺伝子を破壊することで単為結実という表現型を得ることに成功しました。さらに、TiDシステムはオフターゲット効果が生じにくいことも確認されました。

 これらの結果はTiDシステムが動物細胞や植物細胞を問わずゲノム編集に応用可能な高い特異性を持つゲノム編集ツールであることを示しています。今後は得られた知見を元にさらなる改良を加えていくことで、ゲノム編集効率の向上や塩基編集をはじめとした様々な技術への利用などの基礎研究の発展に留まらず、医薬、産業、農業分野を含めた様々な分野への応用展開が期待できます。

植物の環境ストレス応答分子機構についての研究

水分ストレス応答 移動することが出来ない植物にとって外界環境の感知は生命維持に重要であり、特に水分は植物の生存や生産性に大きく影響します。植物体内における水環境の感知と防御のための応答反応は重要であり、植物は進化の過程でその応答反応を発達させています。気孔開閉は特に、水分ストレスと光合成とのバランスを制御しています。水分欠乏センサーにより感受されたシグナル伝達の下流では、植物ホルモンの生合成、転写因子や膜局在性輸送体の活性化、重要な代謝経路の調節など様々な制御が行われ環境条件に応じて機能調節し、悪環境に対し生存できるように柔軟に対応しています。私たちは、環境応答における重要な機能タンパク質の新たな役割について解明を進めており、ストレス環境に対する植物の柔軟で精巧な生存戦略を明らかにすることを目指しています。ゲノム編集などの新しい遺伝子工学技術により、環境応答分子機構の解明研究から得られた知見を作物の分子育種に活用する応用研究を進めています。環境ストレス耐性を付与した有用な作物の作出が可能となると期待できます。

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